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中国の精粋を日本で広める医学者 華僑の汪先恩博士2016-02-26 16:36

西洋医は症状を治療し、中医は根本を治すという傾向が、現在の医学界ではすでに常識となっている。なぜそのような差があるのだろうか。世界中の多くの学者が医学面からの探求を試みている。

順天堂大学の准教授であり、華中科技大学同済医学院教授でもある汪先恩医師は、以下のように西洋と中国の医学について自身の哲学から考察している。「医学は文化の一部に過ぎないので、文化の違いがその根本的な理由です。西洋の人びとが信奉する性悪説の宗教哲学は、病気になるのは病原菌などの悪魔が引き起こすという考えで、悪魔を駆除すれば問題は解決するとしています。だから外部からの攻撃という手段をとるのです。しかし東方では性善説に基づく儒家哲学のもとで、ほとんどの場合病魔に襲われるのは自身の相対的な虚弱によるせいだから、『固本培元』(体質の元を強固にし、元気づける)、『扶正駆邪』(正気という固有な抵抗力を高めて、体を邪魔する病気因子を取り除くこと)こそが健康を保証する根本的な方法だとしているのです」。

汪医師は日本週刊医学界新聞で紹介された外国人学者であり、日本社会で中医学の健康文化を普及させ、日中民間友好交流を促進させる模範となっている。

中国医学で生命を再生

安徽中医学院、同済医科大学で医学を学んだ汪医師は1991年、日本に派遣され留学し、金沢大学、順天堂大学で学び、研究した。

汪医師は西洋医学のメカニズムの過程を研究するなかで、徐々に中医の役割について認識を深め、そして彼は全力で中医を広める意欲をもった。汪医師は恩師の高田昭、佐藤信紘、渡辺純夫教授のご指導のもと、C型肝炎遺伝子型の分析、胃粘膜細胞の損傷修復メカニズムなど先端な分子医学研究をしてきたが、「医は仁術」の考えによって、学術研究から臨床へと向かった。

当時、汪医師の日本での同僚が不幸にもアトピー性皮膚炎と肝機能障害に罹った。この同僚は自身が肝臓の専門医であり、西洋医学の各種治療法の限りを尽くしたが、病状は一向に改善しなかった。汪医師は同僚の苦しみを見て、中医療法を薦めた。その結果、2カ月余りの漢方薬による治療を経て、同僚は完全に回復し、現在に至るまで再発していないのである。汪医師の指導教授はこのことを知って大変喜び、彼にさらに中医の研究をするよう激励した。

また、長い間不妊に悩む日本のある夫婦は、人工授精、体外受精などの西洋医学の治療法によって1000万円以上の費用をかけても妊娠できなかった。医師は最後にははっきり、もう治療する必要はないと宣言した。この夫婦はあきらめきれなかったので、汪先恩に相談した。汪医師は、西洋医学の不妊不育治療は主に精子、卵子、生殖器などに対して行われるが、中国医学の観点からは、妊娠出産は人間の本来持っている基本的機能であるから、体の機能を正常な状態に調整すれば、自然に妊娠し、さらに生まれた子供も健康に育つと考えた。最終的には、結果が汪医師の考えが正しかったことを証明し、この夫婦は自分たちの健康な赤ちゃんを授かることができたのである。

さらに、一人の大学生が重いうつ病を患い、2年休学し、引きこもっていた。食べて寝て、また食べてという生活だが、ヨーグルトしか食べず、最後には2時間かけなければ尿が出ない段階にまでなってしまった。家族は彼を多くの大病院に連れて行き、各種の神経系の薬を飲ませたが、悪化する一方だった。ところが、汪先恩に頼んで、中医の食餌療法を行い、合理的に組み合わせた食物性の漢方によって、この青年は徐々に回復した。現在は大学を卒業して働いており、とても活発、明朗である。

全力で中国医学を普及

実践を通して、汪先恩は中国医学の素晴らしさを再認識し、日本社会に中医の恩恵を受けさせようと考えた。毎年、汪先恩はそれぞれの季節に、習近平国家主席が除幕式を行った東京中国文化センターで健康文化講座を開き、日本の人びとに中医の養生について話している。

もっと多くの人たちに中医を理解してもらうため、彼は『図説中医学概念−中西医結合の視点から』や『不可不知的中医学智慧』などの著作を出版し、中国医学の原理を分かりやすく解説、また西洋医学の角度から説明しており、一般の人たちにとって大いにためになるだけでなく、医学の専門家に対する啓発にもなっている。

中国医学と西洋医学を系統的に学んだ汪先恩は、仕事のなかで中医と西洋医学にはそれぞれの長所があり、双方を結合させれば、ある種の病気の治療にはさらに良い効果があると考えるようになった。そこで、新薬や健康食品開発から取り組んだ。長期にわたる研究と臨床実験により、ついにメタボリックシンドローム、アルコール性肝障害、冷え症に対して、汪氏決明精、青風達、温藤精などの製品を作ることに成功し、米国と日本のメーカーから生産・販売されている。

汪先恩の中国医学の普及の取り組みは、日本で徐々に成果が現れてきた。2007年、日本の各界の人びとによって「汪先恩友の会」が設立され、ともに中医文化をPR、普及させ、日中民間友好交流を促進すると宣言した。現在、中医に対する理解が深まるのに伴って、メンバーはますます増えている。

これと同時に、難病であっても中医で治る場合があるということを、多くの日本人は知らない。というのは、情報交換やコミュニケーションが不足しているからだ。日中両国国民の間にも似ている問題が存在するようだと汪医師は考えている。

そこで、汪博士は民間友好活動に関わるようになり、積極的に両国の交流を推進し、日中間の「心のわだかまり」を解きほぐすための薬を探す努力をしている。中国留日同学会の会長として、日本安徽省聯誼会の会長として、彼は毎年日中青年交流活動に何度も携わり、両国の若者にコミュニケーションの場を広く提供している。

「上医は国を治し、中医は人を治し、下医は病気を治す――医師は治療をこのように簡単に考えることはできません。中医の長所が世界に正確に広まれば、多くの難病を根本的に治せるだけでなく、高価な化学物質の副作用も減らすことができ、社会において医療費を大幅に節約することができるのです。これは人類全体のためになる事業です。中国出身の医学者として、医学交流の推進拡大にさらに全力を尽くし、中国の伝統医学で人類に恩恵を施し、世界に中国医学を普及させたい」と、風雅な風格の汪医師は情熱的に語った。まさに、これこそ医学者が持つべき大きな仁愛である。

                    『人民日報海外版日本月刊』より転載