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〈眼科手術のパイオニア〉 限界への挑戦は眼科医の責務2016-02-29 15:12

栗原眼科病院 院長
栗原秀行 先生

栗原秀行(栗原眼科病院・院長) (640x428)

埼玉県羽生市にある栗原眼科病院は、1984年、栗原院長が自らの理想とする医療を目指して開業した眼科の専門病院である。後に病床数45床の医療法人白水会へと組織変更し、現在に至っている。眼科病院としての医療設備の充実は、大学病院等も含め、東日本一を自負している。

年間で3000例近くの手術をこなす。その中で白内障の手術が大体47%、それ以外は緑内障、網膜硝子体、外眼部、特に涙器などの分野の症例で、扱っている範囲が非常に広いというのが最大の特徴である。

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栗原院長は、視覚の障害がその人の人生を大きく左右するものであり、治療的限界への挑戦は眼科医の責務であると考え、より緻密に、より正確に、より安全にをモットーとしている。

また、診療者と患者との距離を縮めることを開院以来の課題とし、手術状況をモニターで同時中継し患者の家族に供覧し、録画を患者に説明するなどの努力を怠らない。

誠実であり、謙虚であるということ

●視覚障害に手術で挑む

―― 貴院の特長と、先生の得意とする分野についてお教えいただきけますか。

栗原 当院の最大の特長は、眼科の中でも扱っている範囲が非常に広いということだと思います。

多分、普通の眼科は、「手術をたくさんやっています」といっても8割、9割が白内障だと思います。当院は、大体年間で3000例弱ぐらいの手術をしていますけれど、白内障の手術は大体47%ぐらいです。それ以外の緑内障の手術、網膜硝子体の手術、それから外眼部、特に涙器ですね、そういう分野の症例がずっと多い。大体6割弱ぐらいがそうですね。

あとは特長といえるかどうかわかりませんが、ここは私が30年前に自らが理想とする医療の達成のために小さなクリニックをつくって、そこから発展したところです。そして、先進高度医療具現の場にふさわしい設備と環境の整備を目指し、学問的にも社会的にも客観的評価に耐えられる診療内容を貫いてきました。
眼科医院としての医療設備の充実は、大学病院等も含め、東日本一を自負しています。

――扱う症例の広さは手術が可能な範囲の広さでもあるわけですね。

栗原 そうですね、視覚障害がほかのいかなる感覚の障害にもまして、その人の人生を大きく左右するものである以上、治療的限界への挑戦は眼科医の責務だと思っています。手術は最も先端的な知識と技術の集約で、より緻密な、より正確な、より安全な手術への努力こそ、治療の成功への一歩だと考えます。

そして、当院では手術というのは、基本的に、多少時間はかかっても、100%万全でいい仕上がりを目指しています。

たとえば、世間には白内障の手術なんて10分か15分でできるというのを売りにするところもあるけれど、うちのスタッフには「そんなことを言ってはいけない」と指導しています。時間を目標にするというのは、患者という存在がそこに人格として認められていない。簡単ではないケースも当然あるからです。

●医療のパイオニアとして

―― パイオニア的お仕事をすでにされていますが、今後の先生の目標などをお聞かせいただけますか。

栗原 当院では網膜硝子体の手術も、非常にパイオニア的な仕事を30年くらい前からやってきました。今では名手と言われる人がごまんといる時代ですけれども、当時は、恐らく日本ではうちしかやっていないみたいな領域がたくさんありました。ちょうど日本における網膜硝子体手術は35、6年前から始まって、それから急激に進歩、その進歩の過程を私たちはそのまま歩んでいます。

そのほかに、子どもや重篤な病気を持っている方のために、専門医による全身麻酔下での手術、救急専門医の管理下での手術も行っています。

また、医療ミスを防ぐため手術はすべて録画、大型モニターで確認し、同時に別室で患者のご家族には見せ安心していただくようにしています。診療者と患者との信頼関係が大事だと思っています。

医療というのは、例えば100人の患者が来ると、やっぱり100の真実があるんですよね。非常に包括的に一元的に解釈ができるというような問題ではなくて、その人その人のコンディション、その人その人の状況に応じて、100人いれば100の方法論と100の真実があるわけです。

だから、医療というのは患者というものを対象として、無限に挑戦し続ける世界でもあるわけです。その挑戦をし続けるというところが、私たちのモチベーションにもなるわけだし、それから私たちの真価が問われるところでもあるし、同時によりいい仕事をするためには、目線の高さも必要ですしね。

●学んだこと・伝えたいこと

―― 先生がとくに眼科医への道を選ばれたのは?

栗原 医学生時代に最も面白いと思ったのは視覚の生理で、眼科を専攻することにしたのです。ちょうど、昭和50年頃から眼科は急激に進歩と発展を遂げ、その進歩の速さは目覚ましく、この渦中を無我夢中に体現してきて、今に至っています。そして、私は指導をしてくださった多くの先生方に医師としてのあり方を学びました。

先生方に共通しているのは、やはり誠実であって、非常に謙虚であって、人の言うことをどんな意見でも注意深く聞く。それは自分より先輩、後輩、駆け出しにかかわりなく、患者に対する意見としてとるべきものがあれば、謙虚に受け入れる。初めに結論ありきという仕事をやってはだめなんですよね。

そういう先生方との徒弟奉公みたいなね(笑)、こういう部分がないと、医療は進化しないですよね。初めから天才だなんて人はあり得ないわけであって、一生懸命私たちも、全身を耳にし、全身を目にし、そしてそのすべての先生のやっている仕事、それの前、最中、その後、そういうものを数限りなく観察して、そこから自分の方法論を学んできました。

だから結局、優れた指導者には、同志として仕事に邁進する人たちをいかに育てていくかという大きな課題があるわけですが、当院でも幾つかの大学から若い先生方を引き受けて、基礎的な手術を教えて、大学に戻すという事を30年近く続けています。

―― 先生ご自身は、中国との医学交流であるとか、中国人患者を受け入れたことはございますか?

栗原 中国からも時々患者が来るというのはあります。自由診療になりますが、当院では、すべての患者に平等に接し、誠意を尽くします。

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                    『人民日報海外版日本月刊』より転載